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まーまー

2009-07-27

かみさま

| 18:01

liliput:"神"は、それを信仰する人間がいるからこそ「神」足り得るのだ、という話を聞いたことは?

神の力は、神威は人間が作り出すもの。ここでそのエネルギーを侮ってはならない。人は神を信じることで、神そのものになり得るということ。このことの真の恐ろしさに気づけるかどうか。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838373733

kunimiya:@liliput 神と信仰者の関係って、「操り人形師を操る人形」みたいなイメージがあります。自分は完全な存在に操られていると言いつつ、自分の行動の正しさを強めていくような。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838459137

liliput:"神"なるものは現実的には存在しない。しかし神は在る。奇跡は起きる。それは何故なのか?実は人間が行っているのだとしたら、なぜそのようなことが起こるのか?神を信じる者は自ら神となり奇跡を為せる。当たり前の人間にその奇跡を為さしめる強力なエネルギーの拠所、それこそが"神"の正体。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838459908

liliput:@kunimiya ええ、そういうところが多分にあるんでしょうね。自分を動かすエネルギーが自分の外部にあると信じている人たち。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838497198

kunimiya:宗教の歴史を考えると、大切なのは信仰の対象じゃなくて信仰することそのものなんだろうなと思う。今もそれは同じで「神」から「社会」に変わっただけかなと。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838539951

liliput:たとえば"神"の名の下に100万の人間を殺す人間が居る。100万の人間がその意思により打ち倒されたのなら、それは最早"奇跡"であり、まさに彼は"神"の力を得て奇跡を起こしたのではないか。私は"神"なるものより、その力をより恐れる。それこそがまさしく「神の力」だからだ。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838556928

liliput:私は神を信じる。神の名の下に100万の人間を殺し、また自らの命や親兄弟、全財産を擲てる人間たちが大勢居ることを知っているからだ。神の大いなる力は確実に存在し、その事実から遡って「神」は存在する。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838579951

kunimiya:@liliput それで、なぜ自分のエネルギーを外部にもとめるかというと、自分が「かけがえのない自我」であると同時に「いくらでも代わりはいるただの生命体」であるという矛盾を解決するためなんだろうなと思います。そのままでは自分の行動の正しさを規定できない。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838588011

liliput:@kunimiya なんか人類は何千年も前から、現在承認欲求と呼ばれているような欲求を持ち続けてきたのですね。どうしても外部存在によってしか満たされない欲求の業の深さを感じます。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838632231

kunimiya:人の言葉というのは「科学」と「政治」と「信仰」の3つしかなくて、それはどれも自分の正しさを主張するためでしかない、と思ってる。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838651618

kunimiya:@liliput それは鏡を通してでしか自己を知ることはできないという問題と繋がるような気がしますね。自己(またはその認識)を形成しているのは自己自身でなくて常に周囲の環境でしかない。根本の欲求を体現するのは外部の存在を借りなくてはならない。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838700960

kunimiya:人間の最大の災厄は自意識をプログラミングされたことかなと思う。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838722029

liliput:@kunimiya ラカンめいた話になってきますねw 神の存在もまた人間が長い歴史の中で何とか自我と折り合いつけていくために発明した装置の一つだということでしょうか。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838735175

kunimiya:@liliput すいませんジジェク好きなのでw そうだと思っています。宗教者に殴られるかもしれませんが。。。どちらにしろ信仰者にとっての神の直接的な役割はそういうものだろうなと。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838782291

liliput:@kunimiya そこで神を侮るようなことをしなければ殴られないと思いますよww宗教者も多かれ少なかれそういう自覚はあるのではないでしょうか。この話は神の矮小さより、神の存在への切実さを示す話であるように思います。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838813965

liliput:ゆめ忘れる勿れ。「神」とはまさに汝の眼前に立つその求道者のことである。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838838059

kunimiya:自意識も結局は特別な者ではなくて生物進化上の突然変異でしかないと思ってる。でも自意識は自分自身の否定ができないような仕組みになってる。丁度、数学の体系は数学そのものの正しさを立証できないように。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838840847

liliput:実際のところ、キリスト教で言う、遍く人間に在るという「聖霊」「神の霊」ってこのことを言っているんだと思う。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838848937

liliput:聖書にもちゃんと「我々自身が信仰を持つことで神の業を為せる」みたいなことが書いてあるもんなー。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838881875

kunimiya:@liliput それは良かったですw 自分は「神」を信仰する文化にはなじめないのですが、何か別の「絶対的な何か」を信仰して自我を保っているのだろうと思ってます。その感情は「神の否定」や「対象の否定」ではきっと崩れないでしょう。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838889237

liliput:@kunimiya 全くの自律って人間には原理的に不可能なんじゃないかなーと思います。意識的にしろ無意識的にしろ、それが「神」であるにしろそうでないにしろ、人には何か絶対的なモノが必要なんじゃないでしょうか。 http://twitter.com/liliput/statuses/2838925434

kunimiya:ただ信仰に関する問題点は、それをネタにして何者かに洗脳&コントロールされることが多いことで、自分自身の信仰は他人と分かち合うものではなくてひとり孤独に成していくほうがよいと思ってる。そう言う意味で、宗教団体はたとえ健全であっても少し苦手ですね。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838960231

kunimiya:ただ信仰に関する問題点は、それをネタにして何者かに洗脳&コントロールされることが多いことで、自分自身の信仰は他人と分かち合うものではなくてひとり孤独に成していくほうがよいと思ってる。宗教団体を否定するつもりは全然ないですが! http://twitter.com/kunimiya/statuses/2838970177

kunimiya:@liliput そうですね。自律に固執すると逆に律することが出来なくなっていくものだと思います。自律であろうとするより、自分は何に律されているのかを認識する方が大事ですね。 http://twitter.com/kunimiya/statuses/2839015093

liliput:@kunimiya ええ。常に深遠もまたこちらを覗いていることを忘れないようにしたいものです。 http://twitter.com/liliput/statuses/2839033320

liliput:「神なんか所詮弱者の妄想なんだよpgrwwwwwwww」ではなく「神という一妄想が何千年もの間、何億何兆もの人類を支えてきたんだ……」と畏怖するべし。神を畏れよ。神を侮る勿れ。 http://twitter.com/liliput/statuses/2839156340