Hatena::Grouptwitter

くじらのなく頃に このページをアンテナに追加 RSSフィード

ついったーの発言まとめをしていたりします(8割くらい個人的な得)
★My Home / ★Togetter(トゥギャッター)まとめ / ☆ある日のほしみつの(まわりの?)おしゃべり
|

2012-01-25

特異な同人作家となった竜騎士07 (tweet.しろうとさんから)

22:08 | はてなブックマーク - 特異な同人作家となった竜騎士07 (tweet.しろうとさんから) - くじらのなく頃に

sirouto:竜騎士氏の『ひぐらし』がなぜ当たったかというと、ノベルゲーム界の構造改革規制緩和だったから。細かなフラグや分岐、さらにミステリの規制=ノックスの十戒を取っ払い、物語への投資=推理を集めて成功した。しかし同時に、物語の不良債権=伏線の回収に失敗してもいる。 http://twitter.com/sirouto/status/162130138866253825

sirouto:そこで、竜騎士氏は次作『うみねこ』で、赤字システムを登場させた。これは物語への投資=推理の最低価値を保証するもの。『ひぐらし』がミステリネオリベだとすると、『うみねこ』には赤字というセーフティネットがある。上手い手法だが、最終的な物語の債権=伏線の回収は保留された。 http://twitter.com/sirouto/status/162131742709387264

sirouto:私自身は属人性を嫌うから、作家論もほとんどやらない。が、竜騎士氏は例外で、ずっと関心を持っている。それは、個々の政策=物語の細部への賛否は別にして、制度疲労を起こしたノベルゲームのシステムに対する変革者だから。後追いで成功した継承者も見ないので、特異な例。 http://twitter.com/sirouto/status/162132932478238720

sirouto:『ひぐらし』終了後、『東方』の時代に完全に移った。これは、ブログよりツイッターのほうが楽というのと同じで、原作を完全に把握しなくても消費できるのが、コミュニティ形成に有利に働いたんだろう。『ひぐらし』がセットメニューなら、『東方』はバイキングhttp://twitter.com/sirouto/status/162135448335036416

2012-01-23

いろセカとKeyのレイヤ

00:35 | はてなブックマーク - いろセカとKeyのレイヤ - くじらのなく頃に

いろとりどりのセカイ


then_d:昨晩は尻切れで寝てしまい、まだいろセカ引きずるけれど、結局参照作品との関連性自体は一つひとつは薄いと思うので、あとは、その外部参照性自体が、某古書店在庫で読まれた人生の書を摂取して書き上げたセカイと捉えればいいのかと。それは私自身が人生を生きる中で様々な作品に触れるのと同じこと。 http://twitter.com/then_d/status/160895739604643840

then_d:【本ツイート・いろセカネタバレあり】このように考えれば、人は自らの生を生きるときと、作品を参照しているときを一本のリニアな人生の中で繰り返している。対していろセカではその二つは立ち位置として読む者と読まれることになる実人生とに分かたれているが、実際にはそう峻別しがたい。 http://twitter.com/then_d/status/160896649013633024

then_d:その立ち位置は我々においては常に出入りしているが、そこが一義的にどちらかに位置づけられてしまうから、管理者という見届けるのみの存在においやられる。特定の一人(藍)にしわ寄せがくるというのはそういうことで、その点のみをもって単に否定するというのも……という気はする。 http://twitter.com/then_d/status/160897743957667840

then_d:見る者(観察者)と見られる者(実践者)の立場の交換可能性は示唆している。その間で、「書く行為」がセカイの創造でもあるとともにそれが「体験」となりうることで、偽物が本物にという流れも同時に示す。こう考えると「読者」になる時もある点を単に藍にしわ寄せといっていいのか、とも言えそうな。 http://twitter.com/then_d/status/160899095744090114

then_d:で、ここからはイヤな感じでKeyフォロアーとしての比較論に。麻枝准ならそもそも1レイヤ上の「存在」及び「到達」それ自体を明確に描かないでしょう。まあそれが星霜圏で断念の作家と言われる所以だとも思うのですが。 http://twitter.com/then_d/status/160903308695973889

then_d:「存在」を描いたリトバス、AB!はレイヤが上ではなく、単にある世界だったわけで。 http://twitter.com/then_d/status/160903625818898433

then_d:描いたうえで、そこが目標であった到達地点ではなく、やむなく至ってしまった場所で、そこからまた還っていくことを示唆する話がリトバスとAB!。還っていくことになる点はいろセカも同じではありますが。 http://twitter.com/then_d/status/160904628848967681

then_d:いろセカは満たされた時と満たされなかったときの対応が峻別されている。AB!は満たされなかった人しか来ない、みたいな違いはありそうでまあそう単純にはいきませんが……。 http://twitter.com/then_d/status/160904813398335488

2012-01-17

うみねこのトリック

21:16 | はてなブックマーク - うみねこのトリック - くじらのなく頃に

valerico: 「真相を確信すること」は「それが真相であること」を担保しない(あたりまえ)し、そこまで突き詰めて考えることのできるひとは決して「真相を確信」なんてしません。「自分で推理して真相を確信した人のために真相を公開しない」とか言っていちばん頑張って考えた人が報われない構造のうみねこ……。http://twitter.com/valerico/status/159153088844935168

valerico:別に真相公開しないなら公開しないで全然いいんですよ。そこに「努力して本気で考えた人は真相を確信しているから」なんて理由付けは不要でしょ。その言い草だと、真相を確信できないのは努力が足りないからということになる。うみねこが解の一意性を達成できてるはずもなし、馬鹿言っちゃいけません。 http://twitter.com/valerico/status/159154370653593600

valerico:真相が隠されるのは「そういう作品だから」くらいのもので別に苦痛ではないけど、「愛をもって頑張って考えれば必ず真相に辿り着ける」なんて言われちゃうと、考える方は「真相が分からないのは愛と努力が足りないからだ」って呪いに永遠に苛まれ続けることになるんですよ。 http://twitter.com/valerico/status/159155927612796928

valerico:後付けで作者が「全部ウソでした」と言おうが、出された条件内でちゃんと回答を求めることができれば、作者の後付けとは関係なしに「条件内では正解を出した」ことになりますね。これはうみねこの推理をする時に重要なところ。 http://twitter.com/valerico/status/159206441251651584

valerico:殺人が包丁によって行われたことを示すには、「包丁があるからこれで殺せる」と言うだけでは不足で、包丁以外に考えられるあらゆる手段で殺人が不可能であることまで示さなければいけません。竜騎士さんは包丁があると書いた時点で「必要な情報を全て出した」と考えてる恐れがが。 http://twitter.com/valerico/status/159209121818738688



valerico:別に真相公開しないなら公開しないで全然いいんですよ。そこに「努力して本気で考えた人は真相を確信しているから」なんて理由付けは不要でしょ。その言い草だと、真相を確信できないのは努力が足りないからということになる。うみねこが解の一意性を達成できてるはずもなし、馬鹿言っちゃいけません。 http://twitter.com/valerico/status/159154370653593600

doppan:@valerico 竜ちゃんは多分、自分が読者の立場でも「作者の持っている唯一の正解」には興味が無い部類の人間なんだろうと思いますw http://twitter.com/doppan/status/159155540247855104

valerico:@doppan というか、解の一意性を担保することの難しさに関して思いっきり無神経な感じがします。間主体性に対する無神経さというか、「自分の考えている真相」に辿り着けた人がいると本気で考えていそうな気配。EP5ラストで読者と作者の信頼を謳っておいてこれはないわという。 http://twitter.com/valerico/status/159165387525734401

doppan:@valerico その「真相」が単に作中作のミステリーパズルの部分の話なら特に問題無いと思いますけど、物語全体の真相の話なら無茶振りですねw http://twitter.com/doppan/status/159171189917491200

doppan:@valerico ああ、一意性の話については過剰に「保証は不可能」と考えていると思いますw 以前の後期クイーン問題云々のコラムで無茶なこと言ってましたからねw http://twitter.com/doppan/status/159171946410545152

valerico:@doppan クイーンの話をよく強調するんですが、そのわりに愛があれば辿り着けると無邪気に言ってのけるので、話がどう繋がってるのかよく分からないんですよねえ。 http://twitter.com/valerico/status/159189745359003648

doppan:@valerico うみねこがそうなっているかは置いておいて、ミスリードを疑い始めるとキリがなくてパズルが成立しないけど、ミスリードの存在を疑うことをしなければ解答が出せるパズルが成立するという主張自体は理屈になっているかと思います。 http://twitter.com/doppan/status/159190658689667073

valerico:@doppan ん、あれってそういう話なんでしたっけ。ゲームで扱う範囲をきっちり限定して、この盤の外でのイカサマはしませんって約束すれば問題は解けるという話でしょうか。 http://twitter.com/valerico/status/159197986377826304

doppan:@valerico (続き)作者がイカサマするならパズルは成立しないからミステリーなんて成り立たない!という極論が小冊子の内容でした。それに対し作者がイカサマしないという話を無条件に前提とすることが解を出す必要条件になる、という主張が愛があれば解ける云々の話と言う流れですね。 http://twitter.com/doppan/status/159202503609683968

valerico:@doppan あれ、小冊子って「我らの告白」の話しです? http://twitter.com/valerico/status/159204274797162497

doppan:@valerico いえ、昔のアンチミステリーとアンチファンタジーが云々とか言ってたやつです。 http://twitter.com/doppan/status/159204809197621248


valerico:真相が隠されるのは「そういう作品だから」くらいのもので別に苦痛ではないけど、「愛をもって頑張って考えれば必ず真相に辿り着ける」なんて言われちゃうと、考える方は「真相が分からないのは愛と努力が足りないからだ」って呪いに永遠に苛まれ続けることになるんですよ。 http://twitter.com/valerico/status/159155927612796928

simula:@valerico 逆に言うと、真相にたどり着けない人は全員愛がないことになりますね http://twitter.com/simula/status/159205959527448576

valerico:@simula そういう意味で「愛のある人」をついぞ見かけたことがないのが困りものです。きっと私に愛がないから視えないのでしょう。(目玉グルグル) http://twitter.com/valerico/status/159207120942796800



valerico:殺人が包丁によって行われたことを示すには、「包丁があるからこれで殺せる」と言うだけでは不足で、包丁以外に考えられるあらゆる手段で殺人が不可能であることまで示さなければいけません。竜騎士さんは包丁があると書いた時点で「必要な情報を全て出した」と考えてる恐れがが。 http://twitter.com/valerico/status/159209121818738688

doppan:@valerico それは「手がかりなき犯行を禁じる」と言う条件をミスリードが無いという条件とを合わせて考えることで、包丁以外の犯行方法を解答として扱わないとすることが出来るのでは? http://twitter.com/doppan/status/159210085145526272

valerico:@doppan 他にもいろいろ凶器になりうるものが描写せれていたとしてです。さすがにこんな限定状況でのポカはしないでしょうが、作品全体に話が及んだとき、「真相を知るために必要な情報は全て出した」に他の可能性を否定しきれる情報全てまで含まれていたのかなと。 http://twitter.com/valerico/status/159213326482685954

doppan:@valerico どんな凶器で殺害したか、などのハウダニットに関しては解を一つに絞ることは不可能だと見ています。一方誰が犯人でどのように不可能状況での犯行を実現したかという解答については、今の所解答は一つに絞れるのではないかと考えています。 http://twitter.com/doppan/status/159215183338815488

valerico:@doppan あ、もちろん解の一意性といっても、幅は許容されますよね。ヤス黒幕と戦人黒幕みたいに、全然違うのが両立する場合の話です。絞れるのですかー。 http://twitter.com/valerico/status/159216421937754113

doppan:@valerico あくまでEP4までの作中作ミステリーゲームの話ですけどね。実際の六軒島での真相やら黒幕やらは絞れませんw これらの絞れない部分については、そもそもミステリーではないと言う理由でスルーしている所ですが、作者がその線引きをうまく示せなかったのは拙かったと見ています http://twitter.com/doppan/status/159217076832178177

valerico:@doppan ああなるほど。あそこまでなら可能そうな気はしますね。 http://twitter.com/valerico/status/159217774122631168



valerico:別に真相公開しないなら公開しないで全然いいんですよ。そこに「努力して本気で考えた人は真相を確信しているから」なんて理由付けは不要でしょ。その言い草だと、真相を確信できないのは努力が足りないからということになる。うみねこが解の一意性を達成できてるはずもなし、馬鹿言っちゃいけません。 http://twitter.com/valerico/status/159154370653593600

doppan:@valerico 竜ちゃんは多分、自分が読者の立場でも「作者の持っている唯一の正解」には興味が無い部類の人間なんだろうと思いますw http://twitter.com/doppan/status/159155540247855104

valerico:@doppan というか、解の一意性を担保することの難しさに関して思いっきり無神経な感じがします。間主体性に対する無神経さというか、「自分の考えている真相」に辿り着けた人がいると本気で考えていそうな気配。EP5ラストで読者と作者の信頼を謳っておいてこれはないわという。 http://twitter.com/valerico/status/159165387525734401

doppan:@valerico その「真相」が単に作中作のミステリーパズルの部分の話なら特に問題無いと思いますけど、物語全体の真相の話なら無茶振りですねw http://twitter.com/doppan/status/159171189917491200

doppan:@valerico ああ、一意性の話については過剰に「保証は不可能」と考えていると思いますw 以前の後期クイーン問題云々のコラムで無茶なこと言ってましたからねw http://twitter.com/doppan/status/159171946410545152

valerico:@doppan クイーンの話をよく強調するんですが、そのわりに愛があれば辿り着けると無邪気に言ってのけるので、話がどう繋がってるのかよく分からないんですよねえ。 http://twitter.com/valerico/status/159189745359003648

doppan:@valerico うみねこがそうなっているかは置いておいて、ミスリードを疑い始めるとキリがなくてパズルが成立しないけど、ミスリードの存在を疑うことをしなければ解答が出せるパズルが成立するという主張自体は理屈になっているかと思います。 http://twitter.com/doppan/status/159190658689667073

valerico:@doppan ん、あれってそういう話なんでしたっけ。ゲームで扱う範囲をきっちり限定して、この盤の外でのイカサマはしませんって約束すれば問題は解けるという話でしょうか。 http://twitter.com/valerico/status/159197986377826304

doppan:@valerico 元々の後期クイーン問題は、探偵に示される情報にイカサマが無いという不文律があって、それが段々探偵も引っかかるようなミスリードが物語に登場すると探偵が解答出せないじゃん!って話でしたけど、それを竜ちゃんが拡大解釈し、犯人・探偵を作者・読者に置き換えた話をしており http://twitter.com/doppan/status/159201798207451136

doppan:@valerico (続き)作者がイカサマするならパズルは成立しないからミステリーなんて成り立たない!という極論が小冊子の内容でした。それに対し作者がイカサマしないという話を無条件に前提とすることが解を出す必要条件になる、という主張が愛があれば解ける云々の話と言う流れですね。 http://twitter.com/doppan/status/159202503609683968

valerico:@doppan イカサマという言葉を言い換えて、問題の枠組みを設けてそらを守るのは「解けるパズル」の最低条件ですね。実際はもちろん、そうした上で解を定めるための情報を全て出すところまでして解けるパズルになりますが。 http://twitter.com/valerico/status/159205138991558656

doppan:@valerico 「解答を出すための情報が足りない」というのも含めて、「問題は解けないのではないか」と言う疑いを捨てろと作者は主張していますね。実際がどうなのかは知りませんw http://twitter.com/doppan/status/159207800164200448

valerico:@doppan そういう風にいきなり道徳突っ込んでくるから困りますねえ。解けるようにできてるかできてないか、出題側の問題をしていたはずなのに、いつのまにか読者の側の責任になっているという。 http://twitter.com/valerico/status/159210701888557056

doppan:@valerico 私は道徳の話はあんまり聞く気はないので、単にそれも問題を解くための条件とだけ捉えることにしていますw http://twitter.com/doppan/status/159212141201735680

valerico:@doppan あそこは「解けると信じなければ話が始まらないし、その方がお互いモチベーションも上がるからいっちょ俺を信じてみろよ」くらいの意味合いだと思っています。論理的に信じないと解けないとかではなくて。 http://twitter.com/valerico/status/159214070736760832

同人における竜騎士07の失敗と、東方の成功 (tweet:しろうとさんより)

21:01 | はてなブックマーク - 同人における竜騎士07の失敗と、東方の成功 (tweet:しろうとさんより) - くじらのなく頃に

sirouto:物語の伏線は、作者や読者の想像以上に強力で、かつ副作用を持つものだ。たとえば、『ひぐらし』においては、伏線という名の債権によって、推理という名の投資を呼び込み、CGM的な力によって、同人史上に残る大ヒットを達成した。だが一方、伏線が不良債権化して大きな批判も呼んだ。 http://twitter.com/sirouto/status/159197377960476672

sirouto:『うみねこ』の赤字システムは、特殊なタイプの伏線。記述の真実性を直接担保する代わり、地の文で虚偽の記述ができる。これは、作者の責任=結末の真実性と、読者の自由=推理の多様性を保証する、上手い手法だった。ただ、ラスト(EP8)で伏線回収=債務履行が保留され、また別の批判を呼んだ。 http://twitter.com/sirouto/status/159199296363839489

sirouto:なぜ、竜騎士がネットで叩かれやすいのかと言えば、推理という名のCGM投資で成功した一方で、伏線という名の負債の処理に失敗したから。それは、ホリエモンへの反感と似ているかもしれない。いずれにしろ、ネットと二次創作は、ファンダメンタルを超えた物語の流通を可能にした。 http://twitter.com/sirouto/status/159202316124303361

sirouto:しかし、『ひぐらし』の成功は、伏線という古典的な物語の枠組でも、まだ理解できる。同人界における、より大きな転換点は、『東方』の大流行だろう。CGMには物語すら重要ではない、という点がエポックメイキングだった。この点で、東方ひぐらしより、むしろ初音ミクに近い。 http://twitter.com/sirouto/status/159204169922772992

sirouto:しかし、同人界における『東方』の流行も、ストーリー指向からキャラクター指向へ、という大きな潮流の一部ではないか。そもそもメディアミックスが、版権を得た「公式二次創作」ではないか。ネットの普及で土地を持たない店が増えたように、特定のストーリーに縛られないキャラクターが増えた。 http://twitter.com/sirouto/status/159205816266797057

sirouto:ストーリー指向からキャラクター指向へと向かう発想は自然だと思う。「オブジェクト指向」と似ていて、ストーリーの中にキャラクターを埋め込むより、キャラクターの組み合わせでストーリーを表現した方が、仕様の変化や大勢の使用に強いのではないだろうか。 http://twitter.com/sirouto/status/159207436325101568

sirouto:『東方』の原作を知らずに二次創作が作れるというのは、普及にとって有利な要素だ。それはネットの叩き要素だったりするが、情報工学的には良い。なぜなら、実装に関係なく、インターフェイスだけ見れば、使えるというようなことだから。逆に『ひぐらし』『うみねこ』は、原作を読むだけでも大変。 http://twitter.com/sirouto/status/159208959536934913

sirouto:萌え指向の作品は、二次創作者は楽だが、そのぶん原作者が意外と大変。それは、オブジェクト指向で組むのは大変だけど、できあがった部品を利用する側は楽なのに似ている。つまり、広く流通する萌えキャラ・属性は、フレームワークデザインパターンのように、開発過程が集積されている。 http://twitter.com/sirouto/status/159213884186693632

sirouto:同人界で「東方」が空前の流行をしていても、少しも不思議ではない。地方都市では、中心街の個人商店よりも、大規模ショッピングセンター(SC)に、客足は向かう。個人商店を一次創作者、SCのテナント二次創作者と見立てれば、結局似たような現象なのだと分かる。 http://twitter.com/sirouto/status/159217358135754752

|